
どうも、ふわです。
将棋が好きな人なら、
一度くらいは
「子どもに将棋、教えてみようかな」
と思ったことがあるんじゃないでしょうか。
別に、
強くなってほしいとか、
将棋で何かを目指してほしいとか、
そういう話ではありません。
単純に、
自分が将棋を楽しいと思っているから。
それを、
息子とも一緒に指せたら、
たぶん楽しいだろうな、
というだけです。
うちの場合も、
理由はそれだけでした。
でも、
実際にやってみると、
思った以上に
はっきりした差が見えてきました。
「これは楽しそう」
「これは、ちょっと嫌そうだな」
今回は、
そんな
子どもと将棋を指していて感じたことを、
書いてみます。
スポンサーリンク
子どもが将棋を好きになりやすい瞬間
まず分かりやすかったのは、
勝てたときは、やっぱり嬉しそうということです。
将棋の内容を
どこまで理解しているかはさておき、
勝ち負けは一発で分かります。
「勝った」
それだけで、
表情が全然違います。
対局中に考えている時間も、
見ていて意外と悪くなさそうでした。
駒を持ったまま止まっているときは、
少なくとも
やらされている感じはなくて、
自分なりに考えている様子です。
あと、
個人的に面白いなと思ったのは、
接戦よりも
圧勝の方が楽しそうだったこと。
大人が考える
「いい勝負だったね」
よりも、
「よく分からないけど、いっぱい取れた!」
の方が、
明らかにテンションが高い。
そして一番大きかったのは、
同世代で、同じくらいの棋力の子と指したときです。
大人相手だと、
どうしても空気が重くなりますが、
実力が近い相手だと、
将棋が一気に
「遊び」になります。
このときは、
見ていても
本当に楽しそうでした。
子どもが将棋を嫌いになりやすい瞬間
逆に、
はっきり空気が変わる瞬間もありました。
それは、
こちらが強くさせようとしたときです。
詰め将棋をやらせてみたり、
将棋の本をすすめてみたり。
大人としては、
「これをやれば分かりやすく強くなる」
と思っているんですが、
子どもにとっては、
将棋が急に
「勉強」になります。
こちらが
「こうした方がいいよ」
と言えば言うほど、
子どもは
自分で考えなくなっていきました。
自発的に考えていない状態でのアドバイスは、
やっぱり
あまり響かないんだと思います。
結局、
自分から強くなりたいと思っていないと、
成長を求めるのは難しい。
強制感が出た瞬間に、
将棋は
楽しい遊びじゃなくなってしまいます。
今の息子の将棋との距離感
ちなみに、
うちの息子は、
今でも棋力で言えば
10級くらいです。
正直、
普段から将棋を指しているわけではありません。
家で将棋盤を出しても、
ほとんど指しません。
ただ、
出かけた先で将棋盤を見つけて、
「やってみる?」
と声をかけると、
たまに指してくれる。
そのくらいの距離感です。
中学では、
一応、将棋部にも入っていました。
棋力は高くないですが、
大会では、
相手との組み合わせ次第で
勝てることもありました。
いわゆる
「完全な将棋民」
という感じではありません。
それでも、
将棋を嫌いにならず、
たまに思い出したように
指してくれる。
それだけで、
親としては十分うれしいな、
と思っています。
スポンサーリンク
親として感じた反省と、少し冷めた考え
よく、
「将棋を指すと頭が良くなる」
「勉強に役立つ」
そんな話を聞きます。
でも、
正直なところ、
たぶん関係ないと思っています。
将棋をやっていたから勉強ができる、
というより、
もともとそういう性格の子が、
将棋もやっていただけ。
そんなケースの方が、
多い気がします。
今振り返ると、
最初は対局だけしていればよかったのかもしれません。
詰め将棋や勉強は、
必要になったときにやればいい。
最初から上達を意識しすぎたのは、
完全に親の都合でした。
もし全然勝てなくなったら、
そのときに
「やめる」か「勉強する」かを、
子ども自身が選べばいい。
正直、
そこで無理に続けさせようとするのは、
かなり難しいと感じました。
今は、
将棋よりも
手軽で、
すぐ楽しくて、
友達ともつながれる娯楽がたくさんあります。
そう考えると、
将棋はどうしても不利です。
だからこそ、
将棋は「好きになれたらラッキー」
くらいで、
ちょうどいい。
無理に続けさせようとすると、
将棋そのものを嫌いになってしまう気がしています。
将棋をやらせたい親へ
将棋を続けるかどうかよりも、
将棋を嫌いにならないことの方が、ずっと大事なのかもしれません。
強くならなくても、
役に立たなくても、
たまに思い出したように
指してくれるだけで、
それはもう十分。
今は、
たまに指せたらそれでいいかな、
くらいの気持ちでいます。
将棋
雑記
行ってみた
おすすめ紹介
批評
ブログ運営
記事一覧