ふわ日記|将棋と読書とゲームのブログ

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村山聖は、なぜそこまで名人になりたかったのか|『聖の青春』が描いた生き様

どうも、ふわです。

 

今回は、

将棋のプロ棋士・村山聖(むらやま さとし)九段の一生を描いた、

ノンフィクション作品について書きます。

 

2016年当時、

松山ケンイチさん主演で映画化されたこともあり、

名前だけ聞いたことがある、という人もいるかもしれません。

 

ただ、

これは単なる「将棋の話」ではありません。

ひとりの人間が、限られた時間の中で、何を求めて生きたのか

その記録です。

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村山聖という棋士

 

村山聖九段は、

「東の羽生、西の村山」

と並び称されるほどの才能を持った棋士でした。

 

しかし、

29歳という若さで、病気のためこの世を去ります。

 

幼少期に患った「腎ネフローゼ」という難病。

長い闘病生活の中で、

普通の子ども時代とは、まったく違う人生を歩みました。

 

そんな村山が出会ったのが、

将棋です。

 

将棋は、

彼にとって単なる遊びではなく、

生きる場所そのものだったのだと思います。

「時間がない。勝ちたい。早く名人になりたい」

 

この作品を読んでいて、

最も強く胸に残るのは、

村山の「名人になりたい」という執念です。

 

奨励会時代、

先輩である加藤との衝突の場面があります。

 

奨励会を退会することになった加藤に対し、

村山は、

「加藤さんは負け犬です。僕は負け犬にはなりたくない」

と、はっきり言ってしまう。

 

当然、

二人は殴り合いになります。

 

その最中、

村山は叫びます。

 

「僕には時間がないんだ。勝ちたい。そして早く名人になりたい」

 

ここには、

曖昧さが一切ありません。

 

将棋が好きだから指したい、

という話ではない。

 

生きているうちに、名人になりたい。

その一心です。

「もう一歩じゃ、何の意味もない」

 

村山は、

B級1組への昇級を決めたとき、

「名人にもう一歩だ」と感じます。

 

しかし同時に、

「もう一歩じゃ、何の意味もない」

とも思ったと書かれています。

 

普通なら、

大きな到達点です。

 

でも村山にとっては、

名人になるか、ならないか

それ以外は、

意味を持たなかった。

 

勝ちたい。

名人になりたい。

 

その気持ちは、

誰よりも強かったと思います。

不器用で、真剣すぎる人間だった

 

この本の魅力は、

棋士としての村山だけではありません。

 

人としての村山聖が、

とても生々しく描かれています。

 

少女漫画が好きで、

恋愛にも人一倍興味があったこと。

 

師匠の結婚を、

自分に内緒で進めていたと知り、

「逆破門にしようと思った」

と語るほど本気で怒ったこと。

 

加藤に厳しい言葉を投げながらも、

「これで終わりにしたくない」

と語る姿。

 

何事にも、

本気で、

正面から向き合いすぎる。

 

本音でしか生きられなかった人

 

その不器用さこそが、

村山聖という人間の、

最大の魅力だったように思います。

「今を生きる」ことの重さ

 

この本を読んで、

強く考えさせられたのは、

今を生きる、ということです。

 

明日がある前提で、

私たちはどうしても、

物事を先延ばしにしてしまう。

 

でも村山は、

いつ終わるか分からない時間の中で、

一局一局に、

自分のすべてを置いていました。

 

その姿は、

簡単に真似できるものではありません。

 

でも、

確実に胸の奥に残るものがあります。

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漫画版という入口もある

 

文章を読むのが苦手な人には、

漫画版もあります。

 

まずは雰囲気から知りたい、

という人には、

そちらも良い入口だと思います。

 

将棋に詳しくなくても、

きっと何かが残る一冊です。